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第302位『愚かなる妻』(エリッヒ・フォン・シュトロハイム )

Foolish Wives/1922/US-UK-DE

 呪われた映画作家シュトロハイムの長編に第3作。1、2作目の興行的成功を追い風に、莫大な予算、広大なセット、長尺なフィルムを用いる彼の膨張主義的な制作スタイルが加速、暴走していった。
 デビュー作『アルプス颪』での軍服の詐欺師というキャラクターを発展、継承させた役柄を再び自身で演じ、モンテカルロに赴任したアメリカ外交官の妻ヘレンをつけ狙う。好色かつ狡猾、卑劣かつ軽薄なカラムジン伯爵の活躍(!)は、ピカレスクロマンと呼ぶにはあまりに身もふたもなく、醜悪だ。ヘレンの着替えを鏡で窃視し、舌なめずり。結婚を約束したメイドから金を巻き上げるために水滴を使って嘘泣き。ギャンブルでイカサマは当たり前。夫人と火事に見舞われればわれ先にと逃げ出し、「飛び降りる勇気のない夫人に手本を見せたのだ」と正当化してみせる。とうとうヘレンの夫に性根を見破られるが、反省するそぶりもなく、その夜には病気の若い娘に夜這いをかける。「The Man You Loved To Hate(あなたが喜んで憎む男)」と呼ばれたシュトロハイムの面目躍如ともいうべき悪漢ぶりである。
 カラムジンに弄ばれ、搾取される三十路のメイドのクローズアップが印象的だ。最も軽視していた相手から結局滅ぼされてしまうという展開にぐっとくる。ほとんど実際の街と見紛うばかりのモンテカルロのセットや群衆の映像も圧巻。中盤の見せ場となる嵐の場面も凄まじい。
 本作の完全版は6時間もあったとされるが、スタジオの意向により2時間程度まで短縮された。その後復元されたものの現存するのは140程度のバージョンのみ。ただ物語の過不足はなく、終盤の火災シーンでは消防士が車に乗り込み、出発する場面をご丁寧に描いていたりと、結局のところ「グリフィス・シンドローム」とも言うべき叙事詩的な映像への憧れが強かっただけでは、と言う気もする。もしくは、ヘレンが物を落とすたびに、拾おうともしない軍人、その理由は…?など群像的な挿話がもっとたくさんあったのかもしれない。