“Gish Note”はDieSixxの映画評だけをまとめたブログです。

第298位『戦場のメリークリスマス』(大島渚)

Merry Christmas, Mr. Lawrence/1983/JP-UK-AU-NW

中学生のころ、この映画を初めて見たときの胸に迫る感覚は忘れがたい。この映画は、あまりに有名な坂本龍一のテーマソングのように雄弁ではない。いったい自分はこの物語の何にこんなに心を揺さぶられたのか。そもそもこの物語は、悲しい話なのか。うつくしい話なのか。人間の尊厳を描いたのか。いや、醜さや愚かさ、浅ましさを描いているのか。反戦映画、などと簡単に言い表していいものなのか。世の中には、名前のつけられない感情と機微がいくつも存在しており、映画はそれを表現することができるのだ…と私はほとんど初めて気付かされたのであった。

粗野だが情に厚い面もあるハラ(北野武)、武士道を重んじる一方で弱く繊細なヨノイ(坂本龍一)、攻撃的だが博愛主義者でもあるセリアズ(デヴィッド・ボウイ)…いずれも二面的な性格と複雑なバックボーンを持っていて、それが矛盾を抱えたまま同居している。それとも戦場が、彼らのパーソナリティを残酷に引き裂くのか。語り手でもあるローレンス(トム・コンティ)は、中道的で、観客にとっては感情移入しやすい人物だが、しかし、いつまでも胸に残り、忘れ難い印象を残すのは、矛盾を抱えた3人の軍人である。トム・コンティを除く主要キャラクター3人に、職業俳優をキャスティングしなかった点も、絶大な効果を上げている。

80年代は戦争を経験した映画人たちが、戦争映画を撮るギリギリのタイミングであったが、戦後生まれの大島渚は『連合艦隊』や『大日本帝国』に出演したキャストを起用しないことに、強いこだわりがあったようだ。本作に戦闘シーンはなく、戦車や戦闘機も登場しないが、まさしく戦争の根源たる人間の醜悪な暴力や群衆心理、無理解、愚かしいマチズモを喝破している。