In The Mood of Love/2000/HK
90年代のミニシアターを席巻したあと、近年のY2Kリバイバルのなかで、再び若い世代に再発見されているウォン・カーウァイは、シネフィル的な文脈とはべつに、ファッションや音楽などの大衆文化との蜜月から登場した代表的映画作家だったとおもう。正直言って、同時代で、同じような背景にあるクエンティン・タランティーノや岩井俊二と比べれば、私の人生にはあまりコミットしてこなかった。岩井俊二は中学生、タランティーノの高校生、カーウァイは大学生とそれぞれフィットするグレードが微妙に異なっていたのかもしれない。劇場で最初に見たのが異色作の『2046』だったというのもたぶん影響していた。
その後、私がカーウァイの映画をまとめて見たのは20代後半になってからだが、そのころには『欲望の翼』や『恋する惑星』の青春感は、もう通り過ぎてしまっていた。カーウァイの映画を順番に見ていくと、急激な成熟ぶりに驚きを禁じ得ない。撮影がクリストファー・ドイルからリー・ピンビンに交替した影響も大きいとおもうが、耽美な映像表現と自閉的なラブストーリーのひとつの完成形といえる。
互いの配偶者が不倫関係にあることを知ったと男女のプラトニックな恋愛模様が、禁欲的なストーリーテリングによって進行していく。配偶者と不倫相手に同じネクタイやハンドバックを送る無神経で、詰めの甘い互いのパートナーは、画面にいっさい登場せず、周到に排除することで、濃密な官能が醸成されていく。
言葉少ななのに雄弁なトニー・レオンとマギー・チャンの交流と、同じメロディーをBGMとしたスローモーション映像。ほとんどそれだけで構成されているのに、そのおおらかなリズム感にいつのまにか酩酊してしまう。