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第283位『アワーミュージック』(ジャン=リュック・ゴダール)

Notre Musique/2004/FR

私にとって初めてのゴダール映画は、大学1年生。当時の恋人が受けていた表象文化論の授業の課題作品として、渋谷のシアターイメージフォーラムで見た『アワーミュージック』であった。たぶん、当時の私たちは、薄い感想を言い合ったのだと思うが、サラエボの歴史やドストエフスキーなど一切知らなかった私に、作品の本質が理解できているはずがなかったのであった。

それでも、古今東西、虚実混在の「戦争」のイメージが連続する地獄パート、ピントのぼやけた画面の奥からカメラに向かって歩いてくるオルガが、やがて像を結ぶ場面、柔らかな陽光と心地よい波の音ふちどる楽園が、しかし武力によって守られているすがたが描かれる天国篇などいくつかの美しいビジョンは、その後10年以上がたっても、心の中に鮮烈な印象を残した。

 制作から20年が経過し、ゴダールはこの世を去った。ロシアはウクライナに軍事侵攻し、パレスチナの緊張はついに爆発し、イスラエルの欺瞞と横暴が西側諸国の正義と倫理を引き裂いている。いまこの作品を見返すとき、そのシャープな視線と世界への批評性に驚かされる。20年前に心の中に植えられたタネが、まるで時限装置のような正確さで芽吹いた瞬間であった。