“Gish Note”はDieSixxの映画評だけをまとめたブログです。

第352位『食人族』(ルッジェロ・デオダート)

Cannibal Holocaust/1980/IT

レンタルビデオ店の棚で偶然『食人族』のテープを手に取ったときは、なんだかイヤなモノに触れた気がして、すぐにでも手を洗いたくなったものだった。パッケージの画像や文言が頭に張り付いて、食事中や睡眠前に気分が悪くなるくらいだった。それでも、どうしても気になって、ビデオ店に行くたびに手に取り、また気持ち悪くなる…といったループを続けていた。インターネットもSNSもなく、フェイクドキュメンタリーのはったりがまかり通るギリギリの時代の話だ。意を決してビデオを借り、薄暗い部屋で見たのは10代後半のころか。思いのほかまっとうな作りに拍子抜けしたことも覚えている。
 いたってまじめで理性的な映画だ。見た後で心に残るのは、インパクトのある残虐シーンよりむしろ、ジャングルの美しい風景や先住民の牧歌的なコミュニティ、リズ・オルトラーニの甘美なメロディーだったりする。第三世界の野蛮で残酷な風習をモンド映画のように描きつつ、後半には撮影クルーが残したフィルム、という「ファウンドフッテージ」の体裁をとる。そこに映ったおぞましい真実が、コンクリートジャングルに暮らす西洋人の尊大で身勝手な暴力と欲望を暴いていく。
 ことほどさように、ポストコロニアルな視点に目を配りつつ、どこまでも卑近で身もふたもない見せ物主義に徹していることが、本作をパワフルにしている。露悪的なイメージ戦略もさることながら、劇中で命を落とす俳優陣に当面のメディア露出を控えさせるなど、制作側も意図的に「フェイク」を演出していた。結果、デオダート監督は殺人容疑で裁判にまで掛けられたのだから、世間はまんまと〝炎上商法〟に踊らされたわけである。そして、私たちは今、さらに先鋭化された暴力と悪意とフェイクにまみれたSNSのジャングルで、互いを食い合っている。