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第360位『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(ダニエルズ)

Everything Everywhere All At Once/2022/US

 スーパーヒーロー映画のジャンルが開いてしまったマルチバース(多元宇宙)は、膨大な映像アーカイブに瞬時にアクセスできるストリーミング時代に、ファンダムとの共犯関係を結ぶことで、熱烈な支持を得た。あるいは、 違う世界を生きている自分自身との交流が、孤独を癒したり、勇気を得たりするというストーリーが、SNS世代を生きる人々の共感を呼んだのかもしれない。

一方で、無限に膨張する世界観が、個別のストーリーを相対化、矮小化してしまい、結果として物語への興味を失わせるリスクも孕んでいる。はっきり言って、現代のアメコミヒーロー映画はすでにその陥穽にはまりかけているようにも見える。

 本作はさらに一歩踏み込み、「選ばなかった人生を生きる自分」に思いを馳せる物語にすることで、より普遍的で共感性の高い物語になった。人生とは無限に広がる可能性を一つずつ打ち消していくこと。開かれた物語を「死」というたった一点の結末に向かって閉じていくこと。それはベーグルの穴のように空虚ではかない。

 さりとて、この人生もまた、別の自分が選びたかったかもしれない。この道でしか巡り会えなかった人、得られなかった体験や感情が確実にあって、だからこそ人生には生きる価値がある。荒唐無稽なストーリーとお下品なギャグ、そして痛快なアクションに彩られた本作だが、伝えているメッセージは、自分の人生観に近い気がした。それは、他人の人生を疑似体験することで、あすを生きる知恵と勇気をくれるフィクションの意義そのものとも重なる。