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第345位『月は上りぬ』(田中絹代)

The Moon Has Risen/1954/JP

田中絹代の監督第2作。脚本は小津安二郎で、カメラワークや台詞回しに強く影響を感じさせる。一方でガールズムービー的なみずみずしさを随所にたたえている。ぺちゃくちゃと喋りながらストッキングを脱いだり、彼氏に毛糸を持たせたりする節子(北原美枝)の奔放な魅力が映画の求心力になっている。中盤の万葉集を使って愛の言葉を交わすやりとりも、小津には気恥ずかしくて難しかったのかもしれない。
 節子の恋人、昌二は友人思いで、いつも節子に調子合わせるいいやつだったのに、終盤になって「飯を炊け、洗濯もしろ、笑顔でいろ、その代わり俺が可愛がってやる」というクソみたいなモラハラプロポーズで萎えた。あんなに自由に輝いていた節子が、あえなく「家庭」へと回収されていく悲しい結末である。
 これは、田中のいきいきとした女性映画が、小津のパターナリズムに敗北したようでもある。この映画の公開をめぐり、田中に惚れ込んでいた溝口健二もだいぶ足を引っ張ったようだ。田中は、助監督として成瀬巳喜男にも理不尽なパワハラを受けていた。映画監督としての田中の評価がここまで遅れたのは、日本映画のそうそうたるレジェンドのグロテスクな側面を映しだす存在だったことも無関係ではなかろう。
 強烈な光に照らされ、勝手に人に崇拝され、しかしその裏側には暗い闇が張り付いている。田中の当時の立ち位置自体が、月のようであるといえば穿ち過ぎだろうか。このフラストレーションは次作で爆発することになる。
 それにしても北原美枝ってこんなに魅力的だったのか!と驚く。そんな彼女も5年後には石原裕次郎と結婚し「内助の功」へ。女優としてのキャリアを中絶した。期せずして存在自体が、日本映画界の「男性神話」の裏側を照射する。傑作。